2010年8月16日月曜日
大血管の病気
Oさんは68歳の男性の税理士さん。がっちりした体型で、暑がりのため冬でも薄着で、精力的に仕事をしていました。タバコは吸わず、食事も野菜や魚を多くするなど注意を払っていました。ただし塩分の濃いものが好きで、顧客と打ち合わせのあとよく酒宴に招かれ、夜遅い帰宅も稀ではありませんでした。自営業のため健診は受けたことがなく、血圧はたまに風邪などで近医受診時に、下の血圧が高いといわれていました。
奥さんが出かけて一人暮らしをしていたある冬の朝、自宅で急に胸と背中が痛くなり、意識がぼんやりして倒れてしまいました。そのときたまたま近所の人が尋ねてきて、部屋で倒れているOさんを発見し、救急車で病院に搬送してくれました。
病院では胸部レントゲン写真、CT、MRI検査を行い、上行大動脈から弓部にいたる大動脈解離と診断され、緊急手術を受けました。人工血管による置換手術は、吻合部の出血がなかなか収まらず、手術時間が13時間に及びました。
術後も熱が下がらず、長く抗生物質の点滴を受け、長期の入院になりましたが、リハビリテーションを行って、2ヵ月後に無事退院することができました。
大動脈解離
大動脈の内膜が部分的に破れて、破れ目から中膜の中に血液が入り込み、中膜を縦に裂いて血液が流れて、また末梢の内膜の破れ目から本来の大動脈内腔に血液が出てしまう状態を大動脈解離といいます。内膜が破れるのは、上行大動脈と弓部大動脈の左鎖骨下動脈分岐部の先が多いと言われています。解離腔に入った血液が外膜を破って外側に出れば、大量出血を起こします。解離が胸部大動脈から腹部大動脈、そして左右の腸骨動脈にまで及ぶと腹部の肝臓や胃腸管、腎臓などが虚血になり、いずれの場合も命に関る状態になります。心臓に向かって解離が進むと冠動脈を圧迫したり、大動脈弁が閉鎖不全を起こしたり、大動脈が根元で破れて、心タンポナーデになったりします。
診断は造影CT検査で解離腔を見つけることでできます。
治療はほとんどが手術で、大抵の場合、待ったなしの手術になります。破れた内膜部の血管を切除して、その中枢と末梢の大動脈のはがれた内膜と中膜・外膜を縫い合わせて、人工血管で置換します。冠動脈や腹腔動脈、腎動脈などが巻き込まれていれば、それぞれ壁ごと切り取って人工血管に縫い付けます。
大動脈解離は大動脈の解離の範囲がさまざまであること、巻き込まれる動脈の枝がいろいろであること、動脈壁がもろく吻合部から出血を止めにくいことなど、緊急手術が多いことなど、手術には多くの危険が伴います。手術成績は、病気の進行度合いや巻き込まれた分枝血管の種類、年齢などで異なりますが、診断方法の向上と止血法など手術法の改良によって、年々向上しております。